
あたろうです。
突然ですが・・・
100mを泳ぐことが出来る人間と、
10mしか泳げない人間がいるとする。
100m泳げる人が、100m泳いで、
100mを泳げない人を、蔑んで見ていたとしたら、
最低ですよね。
10mしか泳げなかった人が、
一生懸命、練習して、
11m、12m、・・・15m泳げるようになったとする。
10mしか泳げない人が15m泳げるようになったとする。
それこそが、
物凄く大切なことなんだと思います。
突然、偉そうなことを言いました。
すいません。
いやね、若い頃の自分は、
今思えば、
前者だった。
と振り返る。
最低ですよね。
今はどうだろうか?
自分は、100m泳げない人間になったような気がします。
(100mとかは、たとえ話です)
100mを泳ぐような、人並みに泳げない自分が居る。
それを、蔑んで見る人が居たならば、
それを感じるようになった。
そんな時は、
ムカつく・・・という過去もありましたが、
あまり気にならなくなった来た、
自分が居る。
精一杯頑張って、
何十メートルを泳げる自分に、
満足している。
むしろ、精一杯、泳げることが嬉しい。
最近、涙もろくなった。
泣けるようになった。
心の中で、応援してしまうんだ。
今まで書いた「泳ぐ」を、
「出来る」に替えて、読むとどうだろうか。
まだまだ、人生の半ばの自分。
泳ぐべき時に、精一杯、泳げる人間で、
ありたい。
あたろうでした。